人にモヤッとした日の、
10のやわらかい問い
人間関係のもやもやは、たいていの場合、相手が悪いわけでも自分が悪いわけでもなく、ただ「相手の側の景色が見えていない」というだけのことだったりします。
ここに並べる10の問いは、相手を変えるための問いではありません。相手の内面を勝手に推測して、こちらが代弁者になるための問いでもありません。相手の席から、ほんの一瞬だけ、同じ景色を眺めてみる——それだけのための問いです。一瞬眺めて、また自分の席に戻ってくる。それでいい。
イーサン・クロスの『Chatter』という本に、頭の中で同じ会話を何度も再生してしまう状態から抜け出す技法のひとつとして、他者の観点を借りるというものが紹介されています。自分の頭の中の声は、放っておくと「相手はひどい」「自分は悪くない」あるいは逆方向に、ぐるぐる同じ円を描き続けます。その円の外に出るために、一瞬だけ視点を貸してもらう。それだけで、もやもやの輪郭が少しほどける、という話です。
これは「相手を許しましょう」でも「相手を理解してあげましょう」でもありません。相手の内側に踏み込まず、ただ、席を一瞬借りる。それくらいの距離感の練習です。
問い1
その人は、今日どんな朝を過ごしてあの言葉を言ったんだろう。
問いというより、置いておく一文です。答えは出なくていい。出ても、それは想像でしかありません。ただ、「あの言葉の前に、その人の朝があった」という事実を一度思い出すだけで、言葉は少しだけ平らになります。
接客業の研修で、お客さまから理不尽な言葉をぶつけられた話を聞いたことがあります。スタッフの方が「なんであんなこと言うんでしょうね」と憤っていらしたのを、しばらく聞いた後で、わたくしは「そのお客さま、何時から並んでいらしたんでしょうね」とだけ尋ねました。返ってきたのは「たぶん朝早くから……」という言葉と、少しの沈黙でした。相手を許す問いではなくて、相手の朝を一瞬だけ想像する問いでした。
問い2
もし同じ状況を、その人の席から見たら、景色はどう違って見える?
席という言葉を使っているのは、踏み込みすぎないためです。「相手の気持ちになって」と言われると、人の心の中に勝手に入っていく感じがして、わたくしは少し抵抗があります。席なら、座って、立ち上がれば戻れる。そのくらいの距離で十分です。
問い3
その人が今いちばん抱えているものは、何だと思う?
ここでも、答えは想像でいいです。当てる必要はありません。もしかしたら家族のこと、もしかしたら体調、もしかしたら誰にも言っていない別の心配事。相手にも自分の知らない重さがある、と認めるだけで、こちらの肩の力は少し抜けます。
ここまで読まれて、もしかしたら「これは結局、相手に都合のいい解釈をしてあげる問いではないのか」と感じられるかもしれません。
そうではなくて、問いの目的は、自分の頭の中で再生されている会話を、一回止めるためだけにあります。相手を擁護するためでも、自分を抑え込むためでもない。再生ボタンをいったん押し直すための問い、と思っていただけたらと思います。
問い4
相手は自分のことを責めたかった? それとも、別の誰かに向けたかったことが自分に当たった?
人の言葉は、宛先を間違えて届くことがよくあります。職場で誰かに刺された言葉が、家で家族に飛んでいったり、その逆もあります。自分が受け取った言葉が、本当に自分宛てだったかを一度疑うだけで、引きずる時間はだいぶ短くなります。
問い5
あの一言は、相手の本音と地続きだった? それとも表面だけ?
この問いは、答えが出ない方が健全だと思っています。本音だったかどうかなんて、結局のところ相手にしかわからないからです。地続きかもしれない、表面だけかもしれない、両方ありえる——そう思えれば、その言葉の重みは半分くらいになります。
問い6
自分が相手の立場だったら、同じようにしていたかもしれない、と思える場面がある。
提示形で置いておきます。「思える?」と聞かれると、つい「いや、自分はあんなことしない」と力んで答えてしまう。「ある」と置かれると、ふっと一つだけ、思い当たる場面が浮かんだりします。浮かばなくてもいい。浮かんだ場合だけ、そっと拾う。それだけです。
IT業界の研修現場で、後輩に厳しく当たってしまうマネージャーの方の相談を受けたことがあります。話を聞いていくうちに、その方ご自身が新人だった頃、似たような厳しさを上司から受けていたことが分かりました。相手の側に立つというのは、相手を理解することではなくて、自分の中に同じ温度を見つけてしまう作業だったりします。気持ちのいい作業ではありません。でも、ぐるぐる回っていた円が止まる瞬間ではあります。
問い7
その人にも、今日その人なりの重さがあった。
これも問いではなく、置いておく一文です。当てに行く必要はありません。「あった」とだけ思ってみる。それだけで、相手をひとつの完結した人間として見直せます。完結した人間同士の間にあるもやもやは、こちらが100%引き受けるべきものではない、というところに自然と立ち戻れます。
問い8
相手と自分の間に、いま流れている空気は、近さなのか距離なのか。
人間関係のもやもやは、近すぎても遠すぎても起きます。遠い相手にはモヤッとしないものです。 モヤッとしているということは、ある程度は近い、ということでもあります。今、その近さは自分にとって心地いい近さなのか、少し詰めすぎなのか、ちょっとだけ確認してみる。詰めすぎていたら、半歩だけ椅子をうしろに引いてもいい、ということでもあります。
問い9
その人のことを、1年後の自分はどれくらい覚えていると思う?
時間軸を一段ずらす問いです。今いちばん重く感じている人の名前と顔を、1年後の自分が覚えているか。覚えているとしたらどのくらいの解像度で覚えているか。覚えていない可能性のほうが高いとしたら、いま自分が割いているエネルギーの量は、ちょっと多すぎるのかもしれません。
問い10
モヤッとした相手も、誰かにとっては大切な人かもしれない——その事実に、今の自分はどう触れる?
最後の問いは、少しだけ重さがあります。
許す必要はありません。仲直りする必要もありません。ただ、自分にとって今いちばんやっかいなその人にも、笑顔を向けてくれる誰かがどこかにいる——その事実を、否定も肯定もせずに、ただ一度だけ、横に置いてみる。
それだけのことです。何かを変える問いではなくて、自分が立っている地面の輪郭を、少しだけ広く取り直すための問いです。
10問、並べました。ぜんぶに反応する必要はありません。むしろ、1つでもふっと肩が軽くなったなら、その日はもうそれでじゅうぶんだと思っています。
人間関係のもやもやは、解こうとすると余計に絡まります。解くのではなくて、ほどける瞬間を待つ。今日のもやもやは、明日の自分にとってはもう少しほどけているはずです。
気になった問いだけ、手帳の端に書き留めてみてください。
もし今、しんどいときは
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1人で抱えなくていい。専門家に話すことは弱さではなく、選択肢の1つです。