決めきれない日に、
決断の濁りを沈める10の問い

決めきれない夜、というものがあります。

A案かB案か、行くか行かないか、続けるか降りるか。頭の中で何度も同じ材料を並べ替えているのに、結論だけがいっこうに沈まない。決断の難しさは、選択肢の難しさよりも、選んでいる自分の足元が濁っていることのほうが大きいときがあります。

ここに並べる10の問いは、「決断力をつけるための問い」でも、「正解を当てに行くための問い」でもありません。今、目の前で揺れている水を一度静かに置いて、底にあるものが見えるまで待つための問いです。 今夜、決めなくていいです。「決めない」も、ちゃんと選択肢の中に入れて読んでみてください。

イーサン・クロスの『Chatter』では、当事者の熱から距離を取る技法として、「自分のことを自分の名前で呼ぶ」「10年後の自分から今を見る」「他人ならどう声をかけるか」 の3つが紹介されています。今回の10問は、決断という、いちばん当事者性が濃くなる場面で、その3つの距離化を全部使っています。

以下、「〇〇」と書いてある場所には、ご自身の名前(下の名前でもニックネームでも、家の中で呼ばれる呼び名でも)を入れて読んでみてください。 10問のうち4問だけです。決断のときは「自分が」と主語が濃くなるので、その4問だけ三人称に置き換えました。


問い1

〇〇(自分の名前)は、この決断を誰のために迷ってる?

最初の問いは、いきなり三人称で置きます。

決断が重くなるのは、たいてい自分のために迷っているふりをして、本当は誰かのために迷っているときです。親のため、上司のため、世間体のため、過去の自分との約束のため。〇〇という三人称にすると、「〇〇は誰のために迷ってる?」が少しだけ素直に答えられます。

「自分のため」と答えられる迷いは、案外少ないです。少ないと気づくこと自体が、もう底のほうにある何かを見せてくれます。

以前、IT業界の管理職研修で、転職に悩む方に「いま、誰のために悩んでますか?」と問いかけたことがあります。最初は「自分のためです」と即答されたのですが、5分ほど話していくうちに「親に申し訳なくて」という言葉が出てきました。当事者の熱の中にいるとき、自分はいつも自分のためだけに迷っているように錯覚する——これは現場で何度も見てきました。

問い2

この選択を、尊敬している人が見たらどう言う?

『Chatter』の中で「他者の観点」と呼ばれる技法です。

尊敬する人を一人、頭の中に座らせてください。実在の人でも、亡くなった方でも、本の中の登場人物でも構いません。その人なら、AかBを選ぶ前に、まず何と言うか。「決めなくていいんじゃない」かもしれないし、「もう少し寝てから考えたら」かもしれない。

借りてきた声が、自分の中の声を上書きするわけではないです。一度、自分の声以外の声を通すと、自分の声の輪郭がはっきりします。

問い3

どちらを選んでも、1年後は生きていける——その前提は、今の迷いを軽くする?

迷っているとき、人はたいてい「間違えたら終わり」という前提で考えています。実際にはほとんどの決断で、間違えても1年後の自分は生きています。

「生きていける」が前提として腑に落ちるなら、迷いは少し軽くなります。腑に落ちないなら、その決断は本当に命がけの決断かもしれない——その場合は、専門家に相談する選択肢があります。


「軽くしていいのか」と感じられた方がいらっしゃるかもしれません。決断を軽くする、というのは、雑にする、という意味ではないです。重さを正確に測り直す、というだけのことです。


問い4

10年後の〇〇が今のこの迷いを見たら、何を「そんなことか」と笑うだろう?

『Chatter』の中で「時間軸を広げる」と呼ばれる技法です。

10年後の〇〇は、今のこの迷いを覚えていない可能性が高いです。覚えているとしたら、それはむしろ、今ここで何を選んだかではなく、この時期に〇〇がどう過ごしたかのほうを覚えています。

「そんなことか」と笑える部分はどこか。笑えない部分が残るとしたら、そこが本当に重い部分です。

接客業のリーダー研修で、ある方が「店長になるかどうか半年悩んだのに、いま振り返ると、なぜそんなに悩んだのか思い出せない」と話されました。当事者の熱は、距離を置くと自然に蒸発します。 蒸発しないものだけが、本当に重要なものです。

問い5

もし「失敗しても大丈夫」と保証されていたら、どちらを選ぶ?

仮想の前提を1つだけ置きます。失敗のリスクをゼロにしたら、自分はどちらを選ぶか。

この問いの目的は、選択肢を変えることではなくて、自分の本心と「失敗の恐怖」を分離して見ることです。本心は最初からずっとどちらかを向いていて、もう一方を選ぼうとしていたのは、失敗の恐怖の側だった——ということが、見えるときがあります。

気づいた上で、最終的に恐怖の側を選んでも構いません。気づいて選ぶのと、気づかずに選ぶのでは、後の納得感が違います。

問い6

〇〇が本当はもう決めているのに、気づかないふりをしている選択肢がある。

これは問いではなく、置いておく一文です。

決断に時間がかかっている人ほど、実は心の底ではもう答えを持っていることが多いです。ただ、それを認めると周りに説明しなければいけなかったり、誰かを失望させたり、自分の過去の判断を否定することになったりするので、「まだ迷っている」というポーズで答えを宙づりにしている——そういう状態が、長引きます。

今夜、無理に認めなくていいです。「ある」と置いておく、それだけで十分です。


問い7

この決断を、10年後の自分は笑って話せると思う?

「笑って話せる」というのは、「うまくいく」という意味ではありません。

うまくいかなかった決断でも10年経つと笑い話の素材として大切に持っていることがあるし、逆に、うまくいったのに口に出せない決断もあります。笑って話せるかどうかの基準は、結果ではなく、自分がその時に自分でいられたかどうかです。

問い8

選ばなかった方を、何年後にどう思い出していそう?

決断のとき、人はどうしても「選んだ方の未来」だけを考えます。「選ばなかった方」も、未来の自分は持って生きていきます。

何年後かにふと思い出す瞬間があるとしたら、その時、自分はどんな表情をしているか。ほっとしているか、少し寂しいか、何も感じないか。選ばなかった方の存在感を、決める前に一度だけ眺めておくと、決めた後の心の置き場が少し定まります。

問い9

1年後の〇〇から見て、今日決める必要はある? それとも、寝かせても世界は回る?

決断を急いでいるのは、たいていの場合、自分の側です。

1年後の〇〇から見たら、「あれ、別に今日じゃなくてもよかったな」と思える決断は意外とあります。急ぐべき決断と、急がされている気がしているだけの決断は、見分けがつきにくいです。期限が本当に明日なのか、それとも自分の中で勝手に明日に設定したのか、一度確認してみてください。

寝かせている間にも、底のほうで何かが沈んでいきます。

問い10

決めた後の自分に、あらかじめ言っておきたい一言は?

決めた後の自分は、たぶん少し疲れています。決断は、選んでいる時間よりも、選び終わったあとのほうが体力を使うことがあります。

その自分に、今のうちから一言だけ手紙を書いておく。「よくやったね」でも、「ここまで考えたなら十分だよ」でも、「違うと思ったら戻っていいよ」でも構いません。決断の後の自分をねぎらう声を先に準備しておくと、決断そのものが少し軽くなります。


10の問い、並べました。三人称が入ったのは1・4・6・9の4問だけです。気恥ずかしかったら、その4問は飛ばしても、自分に戻して読んでも構いません。

決断のとき、人はいつも、決めることそのものが重いと思いがちです。実際には、濁った水のまま無理に決めようとすることのほうが、ずっと重い——というのが、長く現場でいろんな方の決断に立ち会ってきての、わたくしの素朴な実感です。

水が澄むまで、ほんの少し待っていい。


気になった問いだけ、手帳の端に書き留めてみてください。


もし今、しんどいときは

1人で抱えなくていい。専門家に話すことは弱さではなく、選択肢の1つです。


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